社会人半世紀① 誰もしていない仕事に携わる喜びに出合う

4月、今年も新社員の皆さんを迎えたわけだが、
自分が初めて社会人になった頃のことを振り返ってみたい。


1962年(昭和37年)大学を卒業した私は、憧れの東京へ。
NECの通信工事部門が独立した
日本電気工事(現・NECネッツエスアイ株式会社)に入社。
正直、親元から離れて独立したかった

大学時代は電気工学科に在籍しており、
同級生の多くはメーカーの研究室へ就職。
自分は研究開発がどちらかというと得意でないし、
メーカーに入って歯車のひとつになりたくない。
それよりも、成果が分かる仕事、ものをつくる仕事をしたいと。

在学中、今でいうインターンシップでメーカーや協和に行っていて
日本電気工事の方とも知り合い、
があって入社することになったのだった。

そういえば、小学生ぐらいから模型を組み立てたり、ラジオを作ったりしていた。
やっぱり自分はものづくりが好きだったと思う。

入社後は設計部に所属し、各種工事の設計に従事することとなる。
当初は先輩について、さまざまな仕事をしていた。
全員がとにかく忙しく、自分もその波にのみこまれていった。

数年後、新しい仕事を任せられることになる。
会社としても初めての仕事で、
日本で最初の商用実験電子交換機納入工事

交換機とは、電話回線を結び通信を可能にする装置である。

初めての仕事だから、会社の誰も経験がなく相談する先輩もいなかったが
アメリカの電話会社AT&Tが設立したベル研究所の開発した
電子交換機№1 ESSの本を読んだり自分で勉強し、
工事設計ための図面を作成した。
現地調査ののち工事着工、完成へとつながった。

新しい仕事のうえ責任もあり、納期も決まっているので大変な仕事だった。
とくに仕事量がはんぱなく多かった。残業だけで200~300時間!
当然、睡眠不足が続いているので
いつも「風邪ひいて休みたい」とか、
朝が来ると「このまま寝ときたい…」と思っていた。

今思えば、体力的には相当きつかったが、
がんばれたのは「納期を守る!」という使命感があったから。
それから、誰も経験していない新しい仕事をやっているという喜びも。


そういえば、初任給はどうしたか?
遊ぶ時間がなかったので、
以外にお金を使うことはなかった、と記憶している。
           
                           (つづく)

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